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COO109回定期

 オーケストラ・アンサンブル金沢との演奏でCDリリースされている『運命』を聴いて、衝撃を受けるととともに金聖響という指揮者のファンになったのが、去年の5月1日。
 それから10ヶ月と24日を経て、ようやく生で聴く機会を得ました。
 今日のコンサート、いろいろな意味で「ありえへん!」と思うコンサートでした。
 いつも以上に思い入れ過多で、読みづらい点があるかと思います。が、それほどの感動と衝撃を受けたのだ、とご理解いただけましたら幸いです。

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大阪センチュリー交響楽団
第109回定期演奏会

ベートーヴェン作曲
バレエ音楽「プロメテウスの創造物」より「序曲」
交響曲第6番 ヘ長調 「田園」
交響曲第5番 ハ短調 「運命」

指揮:金聖響
管弦楽:大阪センチュリー交響楽団

ザ・シンフォニーホール 19:00~

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 今回の定期演奏会は、金聖響さんが3年間務めてきた、大阪センチュリー交響楽団の専任指揮者として最後の定期演奏会でした。
 曲目も、ベートーヴェンの名曲中の名曲、『運命』と『田園』という2本立て+『プロメテウスの創造物 序曲』
 彼が大阪センチュリー交響楽団と3年間取り組んできた、ピリオド・アプローチによる演奏の集大成、と言っても過言ではないプログラムです。
 私にとっては、去年8月に初めて聖響さんのコンサートを生で聴いた時と、3曲中2曲が同じプログラムでした。が、音は全く違っているだろう、との期待を胸に、ホールへ向かいました。

 去年は「うわー、聖響さんが出てきたー。目の前で振ってる~♪」と思っているうちに、気が付いたら曲が終わっていた、という滝汗モノの『プロメテウスの創造物』
 今日はしっかり聴くぞ、と構えて行ったのですが……。
 ステージに颯爽と登場した聖響さんは、いつものスタンドカラーの黒スーツではなく、燕尾服。
 夜の公演だからなのか?
 専任指揮者として最後の定演だからなのか?
 燕尾服……。
 滅多に拝見できないお姿にノックアウトされたことに加え、この後に演奏された『田園』の素晴らしさに、結局この曲の印象は飛んでしまいました(汗;)
 この曲は文字通り、今日の演奏会の「序曲」だったんだと思います。

 続いて、大阪センチュリー交響楽団の楽員ブログで「春を意識した田園」と紹介された、交響曲第6番『田園』
 誰もが一度は耳にしたことのある、有名な冒頭のメロディ。
 ラシ♭レ・ドーシ♭ラソ・ド・ファーソーラーシ♭ラソー♪
 ホールに流れた瞬間から、爽やかな春の風が吹きぬけたように感じました。
 夏に聴いた時は、一面に広がる青々とした草がそよ風に揺れるような印象でしたが、今日の第1楽章は、まるでお花畑。見渡す限りの菜の花畑、それも黄色い花が満開の菜の花畑に蝶々がヒラヒラと舞うような。
 カラッとしていて、明るくて。強くもなく、弱くもない、暖かな陽光が降り注ぐような光景が、目の前のオーケストラに、指揮台で音を拾い上げていく聖響さんの姿に重なって見えました。
 第2楽章では、そよ風に揺れる水面に小舟を浮かべて、風が木々を揺らす音や、水の流れを感じるような心地よいひと時が連想されました。
 第3楽章は、陽射しが暖かさを増し、風も冬に吹きすさぶような冷たいものではなくてどこか暖かくなって。花が咲いて、あちこちから春の便りが届くようになって。そんな春の訪れを喜ぶような、心躍る様子が。
 第4楽章では、「春の嵐」というよりも「春一番」という印象を受けました。夏に聴いた時は、まさに「台風」で音の嵐が襲い掛かってくるように思えたのですけれど。今日の演奏は、そこまでの湿度も熱気も感じられなくて。時々雨も混ざるのですが、あまり冷たさを感じないような雨だなぁ、と感じていました。
 そして、嵐が去って雲の切れ間から光が差し込んでくる第5楽章。
 再び暖かい春の陽射しに満ちていて、曲を聴いていてステージにライトが新たに追加されたのか、と思うような明るさを感じました。
 曲のクライマックス。ヴァイオリンとヴィオラが細かい音符を刻み、管楽器が和音を長く伸ばし、チェロとコントラバスが上へ上へ、と昇っていくようなメロディを奏でる部分。そこを聴いていて、目の前に満開の桜並木が重なって見えました。何故そう思ったのかはわかりませんが、ただ。そこを聴いた瞬間に、閃きのように思ったのです。
 「うわぁ、桜が満開だ」
 と。
 同時に、感極まって涙が出てきました。
 曲の最後の最後まで、とても暖かくて、けれど爽やかで明るい音に包みこまれたような気がしました。
 どこかカラッとした印象を受けたのは恐らく、長く伸ばす音を気持ち短めに切っていたことや、ヴィブラートをかけないために音程や音量に揺れがないことも関係しているのかなぁ、と。聴きながらぼんやりと思っていました。
 また、第2楽章のヴィオラとチェロのメロディ。とても綺麗でした。
 あとは、管楽器がメロディやアクセントになる動きを演奏するときに、弦楽器の音量を少し落としてそれを浮き上がらせていたことなど、聴いていて印象に残りました。

 と、『田園』は感動を覚えながらもまだ、細かく聴くだけの余裕がありました。
 普通に演奏したら40分ほどの交響曲ですが、その長さを全く感じないほど、密度が濃い演奏でした。
 指揮をする聖響さんも、譜面台に置かれているスコアを見ることも、ページをめくることもなく。左手を手すりに置くこともなく。指揮棒を譜面台に当てる音が時折聞こえてきましたが、ただひたすら、音を拾い上げて紡ぎ出していくことに専念していたように思います。

 でも、同時に思ったのです。
 『田園』でこれだけ感動するのだから、休憩後の『運命』はどうなるんだろう?と。
 聴くのが楽しみでもあり、怖くもありました。

 そして、休憩後に聴いた『運命』は。
 冒頭の「ソソソミ♭ー ファファファレーー♪」から、ほぼ楽譜通りのテンポ(二分音符=108)
 フェルマータ、ありました?と思うほど短い二分音符。
 運命の荒波どころではない、大津波がステージから押し寄せてきました。
 それに押し流されないように、ついていくのに必死でした。演奏している楽団員さんたちも、大変だったと思います。終わった後、弦楽器の弓がかなり切れていましたから。
 聴いている最中は、あのアーティキュレーションが……とか、ここの音が……とか。かなり細かく聴いていたんだと思うのです。いろいろな工夫がされているな、と感じましたので。
 けれど。
 終わった後はただ呆然としていて、周りが拍手する音を聞いてやっと「ああ、曲が終わったんだな」と心ここにあらず、といった状態で拍手をする、という状況でした。
 だって、あの第4楽章。
 あのテンポは、Allegroどころではない、Prestoの領域ではなかったか、と思います。
 ありえへん、と思うほどの快速テンポでの演奏を可能にした大阪センチュリー交響楽団の皆様、本当に素晴らしいと思います。

 そして、指揮台にいる金聖響さん。
 もう、一瞬たりとも彼から目が離せないんです。私が彼のファンであるがゆえに、余計にそう思えたのかもしれません。
 指揮台から落ちるのではないか、と思うほど、前にも後ろにも横にも大きく動く様子。
 指揮棒が何度も髪をかすめ、スピーディに振り下ろされる右手。
 時に優雅に音の流れを作り出し、時に抑制し、時に煽り立てるような、雄弁な左手。この曲も、『田園』と同様に全く楽譜を見ずに振っておられましたので、楽譜をめくらない分、指揮に専念していたように思いました。
 いつになく大きな指揮であるがゆえに、1階席下手側中央よりの席に座っていた私にも、第1ヴァイオリンへと振り向いた表情はよく見えました。そのお顔は、無邪気な子供のような、気持ち良さそうな超笑顔。今指揮台にいることが、この曲を振っていることが、楽しくて楽しくて仕方ない、といったように思えました。
 指揮台を中心にして、ステージが異空間であるかのような感覚でした。彼の周囲だけ、余分にライトが当たっているかのような圧倒的な存在感。他を見る余裕もないほどに吸引力のある指揮。
 髪を振り乱しながら、形振り構わず、といった様子で指揮をする姿に、ベートーヴェンが降臨しているかのような印象を受けました。
 聴こえてくる音も、彼の指揮も、その指揮に必死で食らいついていくかのような大阪センチュリー交響楽団の楽団員さんも。
 何もかもにただ圧倒されて、振り回されて、かき回されて。
 終わった後はただ呆然と
 「今、目の前で何が起きたんだろう? 私が聴いたのは、何? あれ、確かに『運命』だったよね? でも、こんな『運命』は初めて聴いた!」
 一言目に「凄い」
 二言目には「ありえへん」
 そんな言葉が、ただ頭の中を回るような、「衝撃」としか言いようのない『運命』でした。
 最初から最後まで、一気に駆け抜けたような。数十分の時間が、瞬きするほどの「一瞬」に感じられるほど凝縮されたひと時だったように思います。
 後ろにいたオジサマやオバサマ方も、ただ「凄い」と「この人、凄い」と、口にしていました。

 聴こえてくる音は、確かに『運命』でした。
 けれど、今までに聴いた『運命』とは何もかもが違っていました。
 彼が2004年にリリースした『運命』とも、全く違う『運命』でした。
 振っている聖響さんも、もの凄く高揚していたのではないかと思います。言い方は悪いですが、イッちゃう、くらいの勢いだったのではないか、と。
 まさに、金聖響のベートーヴェン交響曲第5番。他の指揮者では到達できない『運命』だったと。この『運命』を越える『運命』はきっと、彼自身の指揮による演奏でしか聴くことができないと思います。

 あのテンポ、あの演奏。
 彼と大阪センチュリー交響楽団が3年間積み重ねてきたものがあったからこそ、生まれたんだろう、と。その過程を聞いたわけではありませんが、そのように感じました。
 本当に、一生忘れられない、もの凄い演奏を聴かせていただきました。
 あの演奏が生まれた場に居合わせることができたこと。心からの喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。
 ベートーヴェンという作曲家の素晴らしさを、『運命』の凄さを。あのように再現することで再認識させて下さった、金聖響さんと大阪センチュリー交響楽団の皆様に、深く感謝致します。

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結月秋絵

Author:結月秋絵
ようこそお越し下さいました(礼)
音楽の原点はG-CLEF。
好きな指揮者は金聖響さん、佐渡裕さん、下野竜也さん。
好きなヴァイオリニストは落合徹也さん、古澤巌さん、神奈川フィルのソロ・コンマス石田泰尚さん。
好きなピアニストは榊原大さん。
好きなチェリストは柏木広樹さん、ヨーヨー・マさん。
などなど、挙げ始めるときりが無いです(笑)
ピアノ、パーカッション(吹奏楽部にて)、ヴァイオリンの楽器経験があります。
ちなみに、この写真は倉敷市民会館のステージにて。中学時代の定位置(=鍵盤楽器系パーカッション)からの隠し撮りです(爆)

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