Sun
11/26
2006
聖響/モーツァルト〜天才が遺した音楽〜 アマデウス 永遠の叫び
今日は聖響/モーツァルトシリーズを聴いてきました。
5月に始まった、金聖響さんと大阪センチュリー響によるモーツァルトの4回シリーズも今日が最終回。最終回に相応しく、モーツァルト作曲の交響曲ラスト3曲プログラムという、華やかなフィナーレとなりました。
プログラムによると、今日演奏された3曲の交響曲はモーツァルトさんがひと夏の間に書き上げたものなのだとか。32歳の夏に、6月から8月上旬にかけて一気に書き上げられたこの3曲。一度に演奏するのは演奏する側も聴く方も体力や集中力が要る大変なプログラムですが、32歳の夏にモーツァルトさんが感じたことを追体験するような面白い試みだと思いますし、今日の演奏はどれも素晴らしくて大満足でございました♪
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聖響/モーツァルト〜天才が遺した音楽〜
アマデウス 永遠の叫び
オール・モーツァルト・プログラム
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
交響曲第40番 ト短調 K.550
交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」 K.551
指揮:金聖響
管弦楽:大阪センチュリー交響楽団
ザ・シンフォニーホール 14:00〜
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まずは交響曲第39番から。
去年の「ウィーン古典派」で聴いて、3月の「聖響の座談会」でもお話を伺った曲です。
個人的に変ホ長調という調性はとても彩り豊かで華やかな印象があります。その色合いは冷たいものではなくて、柔らかい感じで。だからでしょうか、第1楽章を聴いていて、指揮棒を持たずに振っている聖響さんの両手が見えない糸を操って、色とりどりで鮮やかな織物を織り上げていくように感じました。この曲に限らず、どの曲でもそうだったんですが、今日は大阪センチュリー響(以下、COO)の音が素晴らしくて。特に弦楽器の高音がまことに綺麗に響いておりましたので、美しさがいっそう引き立っていたように思います。
続いて、座談会で「モーツァルトさんの中身がペロッとはみ出したような」と聖響さんが仰った第2楽章。最初は穏やかに始まって、途中で短調に転じた所も力みすぎることなく、程よい快速テンポで展開されていたように思います。
第3楽章はこれまたかなりのハイテンポでして、3拍子のメヌエットを一つ振りしておられました、聖響さん。今日は一つ振りされるのかな?と何となく予感がありまして、思い描いていたそのままのテンポでしたので、ちょっとビックリ致しました(笑) トリオの部分はちょっとテンポを落として、クラリネットの美しい二重奏がホールに響いて、何とも心地よいひと時を味わわせていただきました♪
第4楽章は、“もう終わるかな? まだ続くかな? ふふ、これで終わっちゃうもんね”みたいな茶目っ気たっぷりな曲のような気が致しまして、大好きな楽章です。この楽章では、第1ヴァイオリンさんに要注目(笑) 今日のCOOさんは3人おられるコンマスのうちお二方が揃い踏みでして、最前列でお二人揃って熱演しておられて、曲が終わったら川崎さんの弓が逆立っていて、妙に納得してしまいました(笑)
この39番は全体的にテンポ速め、基本的に繰り返しありで、第3楽章だけは繰り返しなしで演奏されておりました。去年よりもずっとシンプルに、クリアーで、キュッと締まってメリハリのある演奏だったように感じました。
通常のコンサートでしたらプログラムの最後にこの曲があって、お疲れ様でした〜。
なのですが、今日はまだまだ。あと2曲残っております。
続く交響曲第40番も、去年の「ウィーン古典派」で一度聴かせていただいた曲です。
第1楽章冒頭の有名なメロディから始まるこの曲。今までは、哀愁が漂っていてロマンティックな雰囲気のある繊細な曲、というイメージがありました。が、今日の演奏はそのイメージを覆してくれたといいますか、“怒り”の感情が曲から漂ってくるように感じました。この曲を、あのメロディを聴いてそんな風に感じたのはもちろん今日が初めてです。
多分、強弱の起伏が大きくて、アーティキュレーションがはっきりしていて、音がクッキリ・スッキリ・とってもクリアーでテンポ速めだったので、そんな風に感じたのかも。なんて自己分析をしているのですが、はてさて(笑)
激しさを感じさせる第1楽章から一転して、穏やかな第2楽章。この第2楽章も綺麗でした〜♪
二人のコンマスに率いられた弦楽器群の美しさはもちろんのことなのですが、木管楽器もとても綺麗でした。酔わせていただきました♪
第3楽章は、39番に続いてこの曲でも一つ振りをする勢いで(笑)
第4楽章は、手持ちのCDでも指揮者の某Jさんがかなり唸りながら振っている曲なのですが、今日の聖響さんもかなり力入っておられたご様子。39番以上に、声と息が聞こえて参りました。
休憩を挟んで後半はモーツァルトさん最後の交響曲、第41番「ジュピター」
ハ長調という調性は、ベートーヴェンさんやブラームスさんのインパクトが強いからでしょうか。歓喜と栄光の調、というイメージがあります。この41番も堂々たる風格があって、ローマ神話の最高神である「ジュピター」の名を戴いているというのも納得であります。
前半からキレのいい演奏を続けている今日の聖響さん&COOさんですが、この曲でもそれは衰えることなく……といいますか、益々磨きがかかっていたような。
ただですね。前日のテスト勉強(実は明日から専門学校の期末テストです;)疲れと風邪の影響と、前半の2曲を聴いた充実感のトリプルパンチだったためでしょうか。第1楽章からあまりに気持ちよくてですね。所々意識が吹っ飛んでおりました(爆)
第2楽章の弱音器をつけたヴァイオリンの、抑圧された感情が叫んでいるような音色も絶品でした。これもやはり、コンマスお二人の相乗の効果でしょうか♪
テンポ感もキレの良さもこれまた心地よい第3楽章のメヌエットを経て、ラストの第4楽章。
いよいよ最後、という部分に差し掛かったとき、不意に空気が変わったのを感じました。例えて言うならば、それまで少し淀んでいた空気が突然清浄になったような感じでした。そしてその瞬間、聞こえている音の圧力が増したと言いましょうか、重厚さが増したような気がしました。
で、聖響を見ると、ちょっと感極まっているような感じで振っておられまして。何となく
「アマデウスさんが降りて来られましたか?」
と思ってしまいました。
COOさんと積み重ねてきた数年間の集大成で、シリーズの最後の最後で。
いろいろな人のいろいろな思いが交錯して、でも美しく素晴らしいラストに向かって一つになって、とてもピュアでクリアーなものが生まれたような……と表現すると大げさでしょうか(笑) でも本当に吸い寄せられて、曲が終わって拍手が鳴るのがどこか遠くの出来事のように感じられていました。
今日のプログラム、振っている聖響さんも、指揮に食いついていったオケの皆様も、本当に大変だったと思います。でもとても素晴らしい、気持ちの良いモーツァルトを堪能させていただきました♪
心より、感謝致します(礼)
今日は聖響さん&COOさんのモーツァルト・シリーズの最終日であると同時に、私にとっては今年の聖響さんのコンサートの聞き納め&見納めでもありました。1月の「21世紀の新世界」で開演前に下野さんに出会う、というサプライズに始まった今年。1月のシエナ定期、3月の座談会&ありえへん『運命』などなど、各地に追っかけていって楽しませていただきました。ホントに“ありえへん!”な経験も何度かさせていただきましたし♪
何度お礼申し上げても足りないほどの恵みをいただきましたこと、本当に感謝しております。
心より、お礼申し上げます(礼)
今年はモーツァルト生誕250年ということで、あちこちでモーツァルトさんの曲をたくさん聴く機会に恵まれました。こんなことは、今後もう二度と経験できないかもしれません。
聖響さんのコンサートをはじめとしていろいろな曲を聴いて、モーツァルトさんに関するお話を伺って。今までは華やかで明るい曲を作る人、というイメージが強かった自分の中でのモーツァルトさん像が変わりました。と同時に、やっぱり変わらない部分もありました。
かいつまんでお話しますと。。。
1)モーツァルトさんの曲はやっぱり快眠音楽である
以前からモーツァルトさんの曲を聴くと睡魔が襲ってくるワタクシでありましたが、今年もそれは変わらず(苦笑) 特に聖響さんの指揮で聴くと、テンポ感とか響きとか、まことに心地よくてキモチイイのです。音楽に身をゆだねていると、いつの間にか意識が飛んで……なんてことが何度も。。。(爆)
モーツァルトの音楽にはα波がたっぷり、とか自然界の音と同じ1/fがある、とか。あちこちでお話を聞きますけれど、それを改めて実証といいますか、実感したような(笑)
そうやって眠気を誘われるのもやはり、彼の音楽がとても自然で気持ちいいもので。その気持ちいい音楽を、とても気持ちよく美しく再現していただけるからなんだろうなぁ、と思います。
2)モーツァルトさんは笑顔のポーカーフェイスな人?
辛い事や悲しいことがあっても、弱音を吐いてしまいたくても、微笑で隠してしまうような。いつも笑っていて楽しそうにしているんだけど、実は内面に苦悩や怒りを抱えている人のような感じなのかなぁ、と思うのです。
例えば、長調の曲でも短調に転じる部分に、そういった内面がポロッとこぼれ出てきているのかなぁ、と感じるようになりました。短調の曲は、マイナスな感情が凝縮されているような感じで。
だけど結局は、そういうマイナスな部分を笑顔に昇華させてしまって、人を楽しませることが上手い人。
そんな風に思うと、とても愛情が深くて人のことが好きな方だったのかなぁ、と思うのです。
この1年で私が触れた曲は、約800曲あるというモーツァルトさんの曲の中のほんの一部にしかすぎませんが、それでも。モーツァルトさんが雲の上の天才ではなく、身近な愛すべき人になったような気がします。
5月に始まった、金聖響さんと大阪センチュリー響によるモーツァルトの4回シリーズも今日が最終回。最終回に相応しく、モーツァルト作曲の交響曲ラスト3曲プログラムという、華やかなフィナーレとなりました。
プログラムによると、今日演奏された3曲の交響曲はモーツァルトさんがひと夏の間に書き上げたものなのだとか。32歳の夏に、6月から8月上旬にかけて一気に書き上げられたこの3曲。一度に演奏するのは演奏する側も聴く方も体力や集中力が要る大変なプログラムですが、32歳の夏にモーツァルトさんが感じたことを追体験するような面白い試みだと思いますし、今日の演奏はどれも素晴らしくて大満足でございました♪
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聖響/モーツァルト〜天才が遺した音楽〜
アマデウス 永遠の叫び
オール・モーツァルト・プログラム
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
交響曲第40番 ト短調 K.550
交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」 K.551
指揮:金聖響
管弦楽:大阪センチュリー交響楽団
ザ・シンフォニーホール 14:00〜
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まずは交響曲第39番から。
去年の「ウィーン古典派」で聴いて、3月の「聖響の座談会」でもお話を伺った曲です。
個人的に変ホ長調という調性はとても彩り豊かで華やかな印象があります。その色合いは冷たいものではなくて、柔らかい感じで。だからでしょうか、第1楽章を聴いていて、指揮棒を持たずに振っている聖響さんの両手が見えない糸を操って、色とりどりで鮮やかな織物を織り上げていくように感じました。この曲に限らず、どの曲でもそうだったんですが、今日は大阪センチュリー響(以下、COO)の音が素晴らしくて。特に弦楽器の高音がまことに綺麗に響いておりましたので、美しさがいっそう引き立っていたように思います。
続いて、座談会で「モーツァルトさんの中身がペロッとはみ出したような」と聖響さんが仰った第2楽章。最初は穏やかに始まって、途中で短調に転じた所も力みすぎることなく、程よい快速テンポで展開されていたように思います。
第3楽章はこれまたかなりのハイテンポでして、3拍子のメヌエットを一つ振りしておられました、聖響さん。今日は一つ振りされるのかな?と何となく予感がありまして、思い描いていたそのままのテンポでしたので、ちょっとビックリ致しました(笑) トリオの部分はちょっとテンポを落として、クラリネットの美しい二重奏がホールに響いて、何とも心地よいひと時を味わわせていただきました♪
第4楽章は、“もう終わるかな? まだ続くかな? ふふ、これで終わっちゃうもんね”みたいな茶目っ気たっぷりな曲のような気が致しまして、大好きな楽章です。この楽章では、第1ヴァイオリンさんに要注目(笑) 今日のCOOさんは3人おられるコンマスのうちお二方が揃い踏みでして、最前列でお二人揃って熱演しておられて、曲が終わったら川崎さんの弓が逆立っていて、妙に納得してしまいました(笑)
この39番は全体的にテンポ速め、基本的に繰り返しありで、第3楽章だけは繰り返しなしで演奏されておりました。去年よりもずっとシンプルに、クリアーで、キュッと締まってメリハリのある演奏だったように感じました。
通常のコンサートでしたらプログラムの最後にこの曲があって、お疲れ様でした〜。
なのですが、今日はまだまだ。あと2曲残っております。
続く交響曲第40番も、去年の「ウィーン古典派」で一度聴かせていただいた曲です。
第1楽章冒頭の有名なメロディから始まるこの曲。今までは、哀愁が漂っていてロマンティックな雰囲気のある繊細な曲、というイメージがありました。が、今日の演奏はそのイメージを覆してくれたといいますか、“怒り”の感情が曲から漂ってくるように感じました。この曲を、あのメロディを聴いてそんな風に感じたのはもちろん今日が初めてです。
多分、強弱の起伏が大きくて、アーティキュレーションがはっきりしていて、音がクッキリ・スッキリ・とってもクリアーでテンポ速めだったので、そんな風に感じたのかも。なんて自己分析をしているのですが、はてさて(笑)
激しさを感じさせる第1楽章から一転して、穏やかな第2楽章。この第2楽章も綺麗でした〜♪
二人のコンマスに率いられた弦楽器群の美しさはもちろんのことなのですが、木管楽器もとても綺麗でした。酔わせていただきました♪
第3楽章は、39番に続いてこの曲でも一つ振りをする勢いで(笑)
第4楽章は、手持ちのCDでも指揮者の某Jさんがかなり唸りながら振っている曲なのですが、今日の聖響さんもかなり力入っておられたご様子。39番以上に、声と息が聞こえて参りました。
休憩を挟んで後半はモーツァルトさん最後の交響曲、第41番「ジュピター」
ハ長調という調性は、ベートーヴェンさんやブラームスさんのインパクトが強いからでしょうか。歓喜と栄光の調、というイメージがあります。この41番も堂々たる風格があって、ローマ神話の最高神である「ジュピター」の名を戴いているというのも納得であります。
前半からキレのいい演奏を続けている今日の聖響さん&COOさんですが、この曲でもそれは衰えることなく……といいますか、益々磨きがかかっていたような。
ただですね。前日のテスト勉強(実は明日から専門学校の期末テストです;)疲れと風邪の影響と、前半の2曲を聴いた充実感のトリプルパンチだったためでしょうか。第1楽章からあまりに気持ちよくてですね。所々意識が吹っ飛んでおりました(爆)
第2楽章の弱音器をつけたヴァイオリンの、抑圧された感情が叫んでいるような音色も絶品でした。これもやはり、コンマスお二人の相乗の効果でしょうか♪
テンポ感もキレの良さもこれまた心地よい第3楽章のメヌエットを経て、ラストの第4楽章。
いよいよ最後、という部分に差し掛かったとき、不意に空気が変わったのを感じました。例えて言うならば、それまで少し淀んでいた空気が突然清浄になったような感じでした。そしてその瞬間、聞こえている音の圧力が増したと言いましょうか、重厚さが増したような気がしました。
で、聖響を見ると、ちょっと感極まっているような感じで振っておられまして。何となく
「アマデウスさんが降りて来られましたか?」
と思ってしまいました。
COOさんと積み重ねてきた数年間の集大成で、シリーズの最後の最後で。
いろいろな人のいろいろな思いが交錯して、でも美しく素晴らしいラストに向かって一つになって、とてもピュアでクリアーなものが生まれたような……と表現すると大げさでしょうか(笑) でも本当に吸い寄せられて、曲が終わって拍手が鳴るのがどこか遠くの出来事のように感じられていました。
今日のプログラム、振っている聖響さんも、指揮に食いついていったオケの皆様も、本当に大変だったと思います。でもとても素晴らしい、気持ちの良いモーツァルトを堪能させていただきました♪
心より、感謝致します(礼)
今日は聖響さん&COOさんのモーツァルト・シリーズの最終日であると同時に、私にとっては今年の聖響さんのコンサートの聞き納め&見納めでもありました。1月の「21世紀の新世界」で開演前に下野さんに出会う、というサプライズに始まった今年。1月のシエナ定期、3月の座談会&ありえへん『運命』などなど、各地に追っかけていって楽しませていただきました。ホントに“ありえへん!”な経験も何度かさせていただきましたし♪
何度お礼申し上げても足りないほどの恵みをいただきましたこと、本当に感謝しております。
心より、お礼申し上げます(礼)
今年はモーツァルト生誕250年ということで、あちこちでモーツァルトさんの曲をたくさん聴く機会に恵まれました。こんなことは、今後もう二度と経験できないかもしれません。
聖響さんのコンサートをはじめとしていろいろな曲を聴いて、モーツァルトさんに関するお話を伺って。今までは華やかで明るい曲を作る人、というイメージが強かった自分の中でのモーツァルトさん像が変わりました。と同時に、やっぱり変わらない部分もありました。
かいつまんでお話しますと。。。
1)モーツァルトさんの曲はやっぱり快眠音楽である
以前からモーツァルトさんの曲を聴くと睡魔が襲ってくるワタクシでありましたが、今年もそれは変わらず(苦笑) 特に聖響さんの指揮で聴くと、テンポ感とか響きとか、まことに心地よくてキモチイイのです。音楽に身をゆだねていると、いつの間にか意識が飛んで……なんてことが何度も。。。(爆)
モーツァルトの音楽にはα波がたっぷり、とか自然界の音と同じ1/fがある、とか。あちこちでお話を聞きますけれど、それを改めて実証といいますか、実感したような(笑)
そうやって眠気を誘われるのもやはり、彼の音楽がとても自然で気持ちいいもので。その気持ちいい音楽を、とても気持ちよく美しく再現していただけるからなんだろうなぁ、と思います。
2)モーツァルトさんは笑顔のポーカーフェイスな人?
辛い事や悲しいことがあっても、弱音を吐いてしまいたくても、微笑で隠してしまうような。いつも笑っていて楽しそうにしているんだけど、実は内面に苦悩や怒りを抱えている人のような感じなのかなぁ、と思うのです。
例えば、長調の曲でも短調に転じる部分に、そういった内面がポロッとこぼれ出てきているのかなぁ、と感じるようになりました。短調の曲は、マイナスな感情が凝縮されているような感じで。
だけど結局は、そういうマイナスな部分を笑顔に昇華させてしまって、人を楽しませることが上手い人。
そんな風に思うと、とても愛情が深くて人のことが好きな方だったのかなぁ、と思うのです。
この1年で私が触れた曲は、約800曲あるというモーツァルトさんの曲の中のほんの一部にしかすぎませんが、それでも。モーツァルトさんが雲の上の天才ではなく、身近な愛すべき人になったような気がします。

